<早熟の名器 Gibson L6-S>
私はこれといったヴィンテージギターを所有していないのですが、その中で最もそれらしいと言えるのが、1974年製と思われる Gibson L6-S です。
Carlos Santana の一時期の愛器であった印象も大きいのですが、その独特のコントローラーを使ってみたい好奇心が抑えられなかったというのが、正直な動機でした。
実際に入手してみて先ず思ったのは、非常によく考えられた楽器であるということ。
発売初年が1973年と言われていますが、Gibson社は既に Norlin Music の傘下にあり、何か画期的な新製品を送り出すことで、これまでの CMI社からのイメージを脱却したかったのではないのでしょうか?
高い人気を誇る Les Paul や SG、ES-335 といった Gibson の 3大名器では文献にも事欠かないのですが、L6-S についてはあまり語られていないこともあり、私の知りうる範囲ではありますが、“早熟の名器 L6-S” と題し、その歴史と実像をご紹介したいと思います。
Bill Lawrence & Larry DiMarzio:開発時のエピソード
1972年から Gibson社の開発部門に参画した、偉大なイノベーター Bill Lawrence の手による初仕事と言われています。当時の状況は、後に DiMarzio社を立ち上げることになる、 Larry DiMarzio(リプレイスメント・ピックアップの先駆者)が、Bill に助手として雇われたと、Larry の回想で述べられています。Bill の目指すところは Jazz 指向のサウンドであり、Rock 指向の Larry は、Bill の作り出すサウンドが気に入らなかったようです。
(この時に開発された高出力ピックアップが、後述の Gibson Super Humbucker です)
つまり L6-S は Bill Lawrence の自信作ではあったが、弟子 Larry DiMarzio にとってはそうでもなかったということですね。まぁよくある師弟間の価値観の相違ではないかと…
参考資料:Ⅰ Ⅱ → 資料はまとめて最下段に記載しました。
最初のご紹介:発売時のAD(Advertise:広告)から
1973年の発売時に配布されたと思われるチラシです。
注目すべきは、指板のブロックインレイがはっきりと写っていること。L6-S のバージョンにブロックインレイがあることは古くから言われていましたが、それが最初期の仕様であることを裏付ける、貴重なショットです。
内容の方に目を移すと、ラウドなロックからカントリー、ジャズに至るまで、あらゆるジャンルや表現に対応できる性能を備えた万能機であることが謳われています。
L6-S は新生“ Norlin Gibson ”の方向性を象徴する、正に気鋭の新製品であったのでしょう。
2番目のご紹介:Carlos Santana のエンドース
1974年になると、Gibson社のソリッドギター・ラインナップのイメージアーティストとして、Carlos Santana が起用されました。伝説の Woodstock から 大ヒットを続けた 3rd.アルバムの頃までは P90×2 の SG Special。
「フィルモア・ラストコンサート」から初来日の「ロータスの伝説」に至る特注 Les Paul Standard の使用と、一貫した Gibson ユーザーであった Carlos
Santana は、人気・実力ともに絶好のエンドース・アーティストだったのでしょう。Carlos が L6-S をメインギターで使った期間は 1976年までの約2年間と長くはありませんでしたが、それ以降の YAMAHA SG仏陀、PRS ともに 24フレットのギターをオーダーしているところに、L6-S
が彼に及ぼした影響の大きさを、垣間見ることができます。
付属品とおぼしき、いかにも結束から解いたばかりのへろへろケーブルにちょっと笑ぃ…
こちらは、同じ写真を用いた別バージョンの AD。
「私の Gibson L6-S を色に例えるとしたら、それはレインボーです。」という、Carlos Santana からの最大級の賛辞がプリントされています。
このコピーは当時ちょっとした評判になり、日本で L6-S が注目される一つの要因になったことを記憶しています。
何せ、国産各社※)のコピーモデルの中に、L6-S がかなりの比率でラインナップされていたのですから異常事態。
現在では考えられないほど注目されていたのですね。
※)Guyatone、Westminster、Fresher、Greco etc.
Polydor BEST盤の CDジャケットに掲載された、1976年頃の Carlos Santana。
L6-S を操り、これぞ Carlos というノリに乗った表情に加え、トレードマークのカールコードや VOX Wah-Wah も実にキマっている!
劇的な瞬間を捉えた至高のショットです。
Borbletta(不死蝶)のジャケットに使われた、青い蝶の翅でトップをデコレートし、導師シュリ・チンモイのポートレートを貼っています。
3番目のご紹介:Gibson 1975年のカタログから
当初から設定されていたのかは定かでありませんが、L6-S のカラーバリエーションには、ナチュラルとブラックの 2色が設定されていたことが分かります。
スペック上はブラックがエボニー指板で、ナチュラルがメイプル指板となっていますが、ナチュラルでエボニー指板という仕様も存在したようで、資料Ⅲにその写真と記事が掲載されています。
4番目のご紹介:Gibson 1978年のカタログから
1978年のカタログでは型番や品名に変化が生じているのが確認できます。
当初は L6-S でしたが、以降は L-6S になって、ハイフンが数字の前になりました。由来の考察は次の項で。
品名では型番の後に Custom が付いて、ラインナップ上の上位機種になったことが分かります。ここでは紹介しませんが、下位機種に L-6S Deluxe が追加されています。
私の価値感では Custom というと、Les Paul や SG のようにゴールドパーツや 3ピックアップ等の付加価値を持たせた仕様を連想するのですが、単一機種だった頃と全く変わらない仕様のままであるのなら、L-6S Standard で良かったのではないかと思います。
それ以外では、カラーバリエーションに “Tabacco Sunburst” が追加されており、ストラップピンの位置が、ネックの付根(ボディ裏面)からボディ側面(Les Paul と同位置)に移動されていることが確認できます。前述の資料Ⅲに掲載されている L-6S はこの仕様と見られるので、無改造品であれば比較的後期の製造であることが分かります。
L6-S という型番とダブルミーニング
Gibson社の Lシリーズは、1910年代からの L-0 に始まる代表的なアコースティックギターのラインナップ ※)であることは、言うまでもありません。
そのひとつの頂点が Super400 と並び称される L-5 であり、PU搭載版の L-5CES です。
この Lシリーズの次作・最終作は L-7 で、何故か L-6 という型番は飛ばされています。
※)元来は L と数字との間にハイフンが入っており、前述の型番変更はそういった是正的
な意味合いで L6-S から L-6S に変更したのではないかと思われる。
L6-S が発表される前年の 1972年には L5-S が発表されており、これは前述の L-5CES のソリッドギター版という位置づけの、豪華な装備が特徴のファンシーなギターでした。
L6-S の持つコンセプトは L5-S とは大分異なったものですが、あたかも連続したラインナップともいえる製品構成に持って行ったところに、Les Paul や SG のような大家族のラインナップに比肩するグループに育てたいといった意向が、働いたのではないでしょうか?
本来の Lシリーズとは何の脈略も無いのですが、L5-S の後続機種として空番であった L6という型番が掘り起こされて、それに S(Solid)を付けて活用されたという憶測です。
参考資料:Ⅳ
私はそれに加えて、L6-S には次のダブルミーニングを持たせていると考えているのですが、いかがでしょうか?
① L は、Bill Lawrence の頭文字。
② 6 は、6 Position Control(6色の音色)
③ S は、Sound の S。(あるいは Solid Guitar そのもの)
L6-S の形状を考える
L6-S の形状は、よく Les Paul Model を平らに押しつぶした形状と表現されます。
確かに Les Paul Model のポピュラー性からすると、そう例えてしまうのが手っ取り早いのかもしれません。
しかしよく見てみると、従来のフルアコをスリムにデフォルメした Les Paul Model に比べ、L6-S の方が余程シルエット的にはフルアコのシェイプをトレースできているように思えます。兄貴分の L5-S とも非常に近似しており、カッタウェイのツノの形状が異なる以外は、ほぼ同じボディシェイプをしています。
このことからも、当時の Gibson社には L6-S と L5-S を Les Paul や SG に比肩する第3のソリッドギターグループに育てたいという戦略があったように思われるのです。
L6-S の仕様を見る
1.ボディ
厚さ 15/16 インチ(約33.3mm)で、2~3 ピースからなる単板のメイプル材(おそらくソフトメイプル)製です。この厚さは、同社の SG と全く同じ規格と思われます。
ボディの縁は、全体に軽く角を落とした程度の R 加工が施されていますが、表・裏面ともに部分的なコンター加工が見られます。その内容は、SG に見られるダイナミックなベベルドコンターには及ばないものの、ツボを押さえた絶妙な配置で、演奏上のストレスを殆ど感じさせない見事な設計です。(コンター加工の全く無い L5-S の仕様とは対照的)
表面は両方のくびれ部分と、カッタウェイとピックガード間。裏面は両方のくびれ部分のみですが、ウエスト部には Stratcaster に匹敵する大胆なコンターが施されています。
ボディが薄いためか、肘の部分(エルボーコンター)については省略されています。
2.ネック
Les Paul Model と同じ243/4 インチスケールを採用していますが、Gibson社では初の24フレット仕様です。材質はメイプル(ハードロックメイプル)3ピースで、ラミネイト面には接着強度を上げるため、極薄のウォルナット材を挟み込んであります。
フィンガーボード(指板)はカタログでご紹介したとおり、ブラックがエボニー指板で、ナチュラルがメイプル指板になっていましたが、前述のとおりナチュラルでエボニー指板という仕様も稀に存在したようです。(その逆が存在したかは不明)
グリップは太めの Uシェイプで、実に安定感のある堅実な仕様です。
3.ヘッド
ヘッドには、ネックからの延長部の両側に “耳貼り” と呼ばれる補強材の継ぎ足しを行っていますが、Les Paul や SG と異なりヘッド表側への化粧板貼付は行われておらず、塗装のみの簡易仕上げとなっています。また Gibson ロゴはデカール。形式はロッドカバーへの印字と、
とにかく簡素化を貫いているのが特徴的です。
このヘッド形状は L6-S の白眉で、Gibson社の伝統的な形状を踏襲しつつ、3 ~ 4 弦側を僅かに絞って幅を狭め、ナット~ストリングポスト間に生じる角度を緩くする効果を生んでいます。これは弦やナットの受けるテンションのストレスを軽減させ、チューニングの安定に多大な効果があるのですが、Gibson社の他の形式には継承されず、L6-S だけの特徴に終わってしまったことはとても惜しまれます。※)
※)3 ~ 4 弦側を絞る方式は Frying V や Marauder 等にも採用されているが、頭頂部が
山形になった伝統的なヘッド形状は踏襲されていない。
余談ですが、私の所有する L6-S にはペグに Grover #104N が装着されていました。
本来は、Gibson純正の Schaller M6 キーストン形が装備されているはずなのですが、一時的な欠品の代用か Grover製、それもニッケルメッキの #104N が装着されていました。
グリス漏れが酷いうえ、他のハードウェアがクロームパーツでミスマッチングが著しい理由で、クロームメッキ・同年代・同仕様の #104C を探してきて換装してあります。
4.ハードウェア全般
PU(ピックアップ)カバー、ブリッジ、テイルピースともにクロームメッキが採用されています。これは 1968年頃からの Gibson社の標準仕様で、ニッケルメッキより変色しにくく、耐久性が高い点を評価したのでしょう。
ブリッジやテイルピースはともかく、PUカバーは材質やメッキがサウンドに及ぼす影響が大きいと言われますので、クロームのカバーを採用する前提で設計したのでしょう。
配置的な特徴としては、テイルピースが Les Paul や SG に比べてややボディ後方に配置されていることでしょうか? これはトラピーズ・テイルピース(ブランコ形)に近いテンション感も得られる効果を狙ったためと思われますが、有名なところでは Mr.335 こと Larry Carlton 愛用の 68年製 ES-335 にも、同様にテイルピースをオリジナルの位置より後方に配置している改造が見られます。
5.ピックアップ:スーパーハムバッカー
冒頭で述べたとおり、Bill Lawrence 主導で開発し、Larry DiMarzio もそのプロジェクトに携わったとあります。Bill はハムバッカーの構造を根底から見直して、新たにスーパーハムバッカーを設計したと、Larry は語っています。参考資料:Ⅰ
スーパーハムバッカーの構造は 2列のポールピースを 3個のセラミックマグネットで磁化する画期的な構造で、これまでアルニコマグネットが主流だった Gibson社のピックアップに新風を吹き込むものでした。Bill の思想の根底は、素材が音を作るのではなく、設計によって素材の長所をコントロールするということにあるのでしょう。リプレイスメント・ピックアップの巨匠である Bill Bartolini も、同様のコメントを語っています。
同じスーパーハムバッカーでも、ポールピースがカバーに 100% 覆われているのは L6-S だけで異彩を放ち、SG や ES-335 に装備されたスーパーハムバッカーは、ポールピースが調整可能となっていて、一見するとオリジナルハムバッカーと区別がつきません。
おそらくこれは、伝統的な機種の外見に影響を与えないことに配慮したものでしょう。
スーパーハムバッカーは外して裏返すと、共振や断線防止のためにエポキシ樹脂が充填されているため、オリジナルハムバッカーと容易に見分けることができます。また直流抵抗も 13kΩ 以上と、オリジナルハムバッカーのほぼ 2倍の巻数で出力を高めています。
Bill Lawrence は Gibson社を離れた後に名作「L-500」を発表し、Larry DiMarzio も同様に名作「DP-100 Super Distortion」を発表しています。ルックスやサウンドキャラクターはそれぞれに独自性を発揮していて異なりますが、構造や設計上の思想はこのスーパーハムバッカーを源流とし、色濃く受け継いでいることは間違いないでしょう。
※ L-500、Super Distortion ともセラミックマグネットでの音づくりになっていますね。
6.ワイドトラベル・ブリッジ(通称:ハモニカブリッジ)
従来のチューン-O-マチック・ブリッジの改良版で登場した、Gibson の最新型ブリッジ。
1971年発売の、Les Paul Recording が最初に搭載し、L5-S、L6-S、Marauder、SⅠ等への採用が著名ですが、変わったところでは Les Paul Model の最高機種として限定生産された The Les Paul(ウォルナット材の The Paul とは別機種)にも採用されました。
L5-Sもそうですが、高級機種への積極的な採用が Gibson社の自信の程を窺わせます。
名前のとおり、弦長補正の有効長を最大限に取っていたことで、調整範囲の狭さが泣き所だった、チューン-O-マチック・ブリッジの弱点を補っています。これによって、ヘビーゲージからスーパーライトゲージまであらゆる弦に適応できるようになりました。
<長所>
①テイルピース側、PU側のどちら側からでも調整できる構造とした。
②大形化したことで質量が上がり、共振の防止やサスティンの向上が図れた。
③調整範囲が広がったことで、ボディ中心線に対し直角に配置させることができた。
<短所>
①機能最優先ともとれる、無機質な長方形のデザインには賛否が分かれた。
②指先で回せたサムナットに対し、高さの調整にはマイナスドライバーが必須となった。
等が、挙げられます。L6-S の場合は、リアPUのエスカッションと隣接して一体感を得ているためそれほどルックスが気になりませんが、Marauder や Les Paul Recording 等のスラントさせた PU を装着したギターでは、ワイドトラベル・ブリッジのスクエアな形状が際立ってしまい、損をしているように映ります。
私の所感では、スタッドの調整箇所への負担が大きく、調整を繰り返すとメッキがすぐに剥げて形が崩れやすいこと。その原因として、調整箇所の幅が狭いうえに溝の幅が広いため適合するドライバーが無く、サイズの合わないドライバーで代用せざるを得ないためと思います。メッキ部品とせず、ステンレス削り出しで六角レンチ対応だとそういった工具の問題も起きないと思うのですが、コストや加工技術の問題もあって難しいものですね。
Gibson社では登場以来これといった改良も受けず、前述の機種に使用され続けて 1980年代まで使われましたが、その後の製品に採用されることもなく、消えて行きました。
しかし他社に及ぼした影響は大きく、特に日本の著名ブランドではワイドトラベル・ブリッジのモデファイ版ブリッジが、個性的な名称で各社のトップモデルに搭載されました。
① Aria ProⅡ:Super Tunerble → PE Series,TA Series,RS Series etc.
② Greco:BR-GO9 → GO Series,M Series,SV Series etc.
③ Ibanez:Gibraltar,GibraltarⅡ → AR Series,AS Series etc.
④ YAMAHA:OBG-Ⅰ,OBG-Ⅱ → SG Series,SF Series,SA Series etc.
L6-S の “レインボートーン” とは?
冒頭のエピソードと最初のADで述べたように、Bill Lawrence は L6-S にあらゆる音楽ジャンルに適応できる万能性を、サウンド面で備えることを狙ったのだと思います。
ただそのコンセプト故に装備が過剰になって価格が上がったり、操作が煩雑にならないことにも十分考慮した結果、2つのピックアップと 3つのコントロールだけでできる、当時としては究極の組み合わせの実現を目指したのではないでしょうか?
当時のエレクトリックギターに装備されたピックアップ等の切替スイッチは Stratcaster や Les Paul に搭載された 3ポジションが一般的 ※)で、そこに Fender Jaguar に代表されるスライドスイッチでトーンバリエーションを増設する方法が主流でした。
※)Stratcaster の 5ポジションは、市場ニーズのフィードバックで採用されたもの。
L6-S が革新的だったのは、予め想定した 6種類のサウンドをロータリースイッチの回転だけで得られるようにしたこと。そして、その選択したサウンドに「ハイカット」と「ミドルカット」という 2つのトーンコントロールで変化を付けられるようにしたことです。
<6段階ポジション別のピックアップ組み合わせ内容>
ポジション1:2つのピックアップのシリーズ・インフェイズ(正相直列)
ポジション2:フロント(ネック側)ピックアップ単独
ポジション3:フロントピックアップとリア(ブリッジ側)ピックアップのパラレル・
インフェイズ(正相並列・いわゆるハーフトーン)
ポジション4:フロントピックアップとリアピックアップのパラレル・アウトオブフェイ
ズ(逆相並列・いわゆるフェイズアウト)に、更にハイカット・コンデン
サーを加えたプリセットトーン
ポジション5:リアピックアップ単独
ポジション6:2つのピックアップのシリーズ・アウトオブフェイズ(逆相直列)
こうして文章で組み合わせを書いてみても、サウンドを連想することは困難でしょう。
必ずしも正しくはありませんが、イメージとしては 1~6 の順に音が硬くなって行くと思っていただくと、中らずと雖も遠からずでしょう。
もうひとつのポイントである、2つのトーンコントロールについても触れてみます。
エレクトリックギターの一般的なコントロールはボリュームとトーンで、これは今日でもStratcaster や Les Paul に代表される、普遍的な仕様・装備となっています。
従来からのトーンコントロールはいわゆる「ハイカット」で、コンデンサーによって高域を減衰させる働きを持っています。L6-S に装備された「ミドルカット」の方は LC共振回路といって、チョークコイル(L)とコンデンサー(C)によって約1.6kHzを中心に中域を減衰させるもので、これまでに無かった独特の音作りができるようになっています。
あえて「○○カット」と書いたのは、電源を伴った増幅回路を持たない「パッシブ方式」を採用しているためで、無電源でできるだけのことをしたと評価して良いと思います。
L6-S の “レインボートーン” とは、この 6段階ポジションで選ばれた音に「ハイカット」と「ミドルカット」の 2つのコントロールで自在に色付けできることを指すのです。
<L6-S のキャビティ内部を公開>
右から ボリューム、ミドル、トレブル の順に配されています。ポットの下、中央に位置する黒い部品がチョークコイル(インダクター)で、2個に分かれているのはスプリット・ハムキャンセル効果を狙ったものでしょうか?
ブラス製シールドプレートで、ノイズ対策も万全です。
こうして回路を分析してみて気付かされるのは、Bill Lawrence は 2つのピックアップをハムバッカーのまま使用し、その組み合わせだけで音作りに挑んでいたということです。
つまりコイルタップのように、シングルにして使うことで混入するハムノイズは認めないという方針だったのでしょう。今日では珍しくない、ハムバッカーのコイルの組み合わせで音作りを行う方法とは一線を画している、そんな彼のストイズムを感じてしまいます。
L6-S のネガティブな一面・ウイークポイント
1.ロータリースイッチのノブの取付強度が弱い。
シャフトに対してノブの固定する強度が弱いため、すぐにバカになって空回りしてし
まいます。これはアルミの棒形シャフトに固定ネジ 1本で止めているためで、いくら
強く締めてもネジの先がアルミを削ってしまい、長続きしません。
Dシャフトかローレット式というしっかりした固定方法を採用していれば、こんなこ
とに悩まされないと思うのですが…。スイッチ内部の強度には問題ありません。
2.トーンコントロールの配置が使いにくい。
前項の “レインボートーン” でも述べましたが、ボリューム、ミドル、トレブル の順
に配されているため、他のギターで ボリューム の次は トーン という癖が付いている
身にとっては、感覚的にちょっと違和感のある配置になっています。
またポット類は、チョークコイルとともにシールドプレートにがっちり固定されてい
るため、並べ替えも簡単な作業では済みません。
3.“レインボートーン” の音量のバラつき。
イメージとしては 1~6 の順に音が硬くなって行くと書きましたが、セレクターを
回すと音質の変化に併せて、音量もポジション別に変ってしまいます。
まぁシリーズ(直列)とパラレル(並列)を混在させていますから、冷静に回路と向
き合って考えれば当たり前のことなのですが、抵抗等を駆使して音量の変化を抑える
と、もっと使い易かったのではないかと思います。
※これはあくまでも私が使用したうえでの個人的な所感であることをご理解ください。
L6-S の音が聴けるサウンドサンプル
*Illuminations(邦題:啓示)Turiya Alice Cortlane,Divadip Carlos Santana 1974年
Carlos Santana の証言では、ジョン・コルトレーン未亡人である Alice Cortlane との共作「Illuminations」のレコーディングで、全面的に L6-S を使用したと語っています。
しかしこのアルバムジャケットに写っている Carlos のギターは Les Paul Custom です。
*Quantanamera/Celia Cruz(Fania All Stars Live in Africa)1974年
映像を伴っていて決定的なのは、Fania All Stars が 1974年にアフリカのザイールで行ったライブを記録した DVD でしょう。4曲目の El Raton のゲストとして Carlos の実弟 Jorge Santana が真新しい L6-S を持って現れ、Silver Face Twin Reverb(Fender社製ギターアンプ)に MXR Phase 45 をかませて熱演する姿が記録されています。
Malo での活動を終えた直後の、若き Jorge Santana を捉えた貴重な映像でもあります。
L6-S の思想を受け継いだギターとは?
私は単刀直入に、Paul Reed Smith(以後 PRS)のギターこそ L6-S の化身であり進化を遂げた姿であると考えてます。
元々 PRS のギターは Fender と Gibson の長所を採り入れて、それに高級材とヴィンテージテイストを高次元に融合させた完成度の高いギターであるとの評価を得ています。
黎明期の仕様である Santana Model は例外として、Standard や Custom の基本仕様にはまぎれもない L6-S の特徴が見え隠れしています。
①24フレットの採用。(スケールは25インチで、L6-S の243/4 インチより長い。)
②ヘッドの先端を狭めて、ナットで弦を曲げずに一直線に弦を張れるようにしてある。
③ロータリースイッチによるピックアップセレクターで、多彩な音色を作り出せる。
<5段階ポジション別の、ピックアップ組み合わせ例>
ポジション1:フロント(ネック側)ピックアップ単独
ポジション2:フロント(ネック側)タップとリア(ブリッジ側)タップのパラレル・
インフェイズ(正相並列・いわゆるハーフトーン)に、更にハイカット・
コンデンサーを加えたプリセットトーン
ポジション3:2つのピックアップのタップのシリーズ・インフェイズ(正相直列)
ポジション4:2つのピックアップのシリーズ・アウトオブフェイズ(逆相直列)
ポジション5:リアピックアップ単独
上記の L6-S の “レインボートーン” に比べポジションは一つ少ないですが、内容の複雑さは増していると思います。これは徐々に音を硬くさせる配置ではなく、既に求められている音、例えば Stratcaster のハーフトーンに匹敵する音などを具体的に作り出していることで、1本のギターが作り出すサウンドに多様性を持たせていると考えて良いでしょう。
そのため L6-S のようにピックアップをハムバッカーのまま使うことはせず、中のコイル単位での複雑な組み合わせに踏み入れているのです。これこそが応用であり、進化といえるでしょう。まるで恐竜が鳥類に進化して子孫を残したように、L6-S の DNA は PRS によって新しいスタイルのギターとなって受け継がれていると、私は想像するのです。
参考資料:Ⅴ → 注)本書に PRSギターと L6-S との関係は記載されておりません。
参考資料・文献
Ⅰ Guitar Graphic Vol.1 リットーミュージック刊
Ⅱ リプレイスメント・ピックアップのすべて リットーミュージック刊
Ⅲ ヴィンテージギターカフェ リットーミュージック刊
Ⅳ ザ・ギブソン リットーミュージック刊
Ⅴ ポール・リード・スミス リットーミュージック刊